Macchin Weblog

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天国を見た人の話

今日も1軒法事があった。いつものように読経をし,法話をし,墓参りにいった。
その後の膳の席でのこと。自分の法話について感想をいただいていた。
そこで,となりに座っていた方が,
「なあ,若(自分のこと)。わしは,天国を見たんじゃ。」と話し始めた。
そういえばこの方,山で木を切っていて倒れてきた木が頭に当たり,
瀕死の重傷から生還された方だ。前にお会いしたときはまだ言葉の出が
今ひとつのようだったが,今ではそんな事故があったとは思わせないほどの回復ぶり。
その方の話だから説得力がある。その方の話によると
「金の心配もない。人間関係の心配も全くない。ただ心地よい。」とおっしゃっていた。
なるほど,天国とはそういうところかもしれない。
もしかすると,自分の希望が夢で出てきたのかもしれないし,
本当にそういう精神状態だったのかもしれない。
ただ一つ言えるのは,生死の境をさまよった人はそういう体験をすることがあるようだ。
実際,自分の父親も意識不明の状態で1週間以上ICUに入っていたことがあるが,
そういう不思議な体験をしたそうだ。
だが,何の心配もいらないということが現代における「天国」なのかもしれない。
その人はいった。
「正直に生きていればきっと天国に行ける。わしはその体験をしてから
 死ぬことが怖くなくなりました。」と。
昔の人はうまくいったもので,よい行いをした人は天国に行き,
悪い行いをした人は地獄に行く。当たり前のようだが,そうやって
行動の規範を示し,地獄の恐ろしさにおそれおののくから,悪に傾いていく自分を
厳しく戒める。
古いといわれるかもしれないが,現代に大きく欠落しているのは
この「畏れ」ではないかと思っている。
信じられない事件が起こる背景には,明らかにこの畏れを知らないために
ブレーキがかからない状態があると思う。
科学的でないといわれるかもしれないが,この時代だからこそ
忘れてはならないものがある。今日の話でその思いを新たにした。
comments (2) | trackbacks (0)

Comments

roadfoxさん,コメントありがとうございます。
そうですね。天国といえばなんだか天使が出てきそうですね。
まさに極楽。言葉の使いようでえらくイメージが違うことに今気がつきました。ご指摘ありがとうございます。
Macchin | 2006/10/31 04:05
そうだと思います。
でも天国は極楽と言い換えた方が良いかもしれません。
いかがなもんでしょうか?
roadfox | 2006/10/30 21:28

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